Group Relative Policy Optimization(GRPO):LLM強化学習の革新と実践

Group Relative Policy Optimization(GRPO)は、大規模言語モデル(LLM)の強化学習を最適化する画期的なアルゴリズムです。従来のPPOが抱えていた計算リソースの課題を解決し、特に数学的推論やコーディングタスクで顕著な性能向上を実現しています。本記事では、その技術的基盤、アルゴリズムの革新性、実装上の考慮点、応用事例、そして今後の研究方向性について詳細に解説します。

目次


Group Relative Policy Optimization(GRPO)は、大規模言語モデル(LLM)の強化学習(RL)最適化手法として2024年に提案された画期的なアルゴリズムである。従来のProximal Policy Optimization(PPO)が抱えていた計算リソースの課題を解決し、特に数学的推論やコーディングタスクにおいて顕著な性能向上を実現している[1][6]。本手法の核心は、複数の出力をグループ比較する相対評価メカニズムにあり、価値関数モデルを排除することでメモリ効率を最大50%改善しながら、同等以上の性能を達成する[4][6]。以下ではGRPOの技術的基盤、アルゴリズムの革新性、実装上の考慮点、および今後の研究方向性について詳細に論じる。

1. GRPOの技術的基盤

1.1 従来手法との比較分析

伝統的なPPOアルゴリズムでは、方策モデル(Policy Model)と価値関数モデル(Value Model)の二つの大規模ニューラルネットワークを並列に更新する必要があった[5][7]。このアプローチでは、価値関数の推定誤差が方策の更新に悪影響を及ぼす可能性があり、特にトークンレベルの報酬設計が複雑になるLLMタスクでは最適化が困難であった[1]。GRPOが導入したグループ相対評価メカニズムは、これらの課題を根本から解決する。具体的には、各入力プロンプトに対して生成された複数出力(通常4-8個)の報酬分布を統計的に解析し、グループ内相対評価値を導出する[3][4]。これにより、絶対的な報酬スケールに依存しない最適化が可能となり、異なるタスク間での汎用的な適用性が向上する[6][8]

1.2 数学的定式化

GRPOの目的関数は以下のように定式化される:

\[
J_{GRPO}(\theta) = \mathbb{E}_{q \sim P(Q), \{o_i\}_{i=1}^G \sim \pi_{\theta_{old}}} \left[ \frac{1}{G} \sum_{i=1}^G \sum_{t=1}^{|o_i|} \left( \min\left( \frac{\pi_\theta(o_{i,t}|q,o_{i,<t})}{\pi_{\theta_{old}}(o_{i,t}|q,o_{i,<t})} A_i, \text{clip}\left(\frac{\pi_\theta}{\pi_{\theta_{old}}}, 1-\epsilon, 1+\epsilon\right) A_i \right) \right) – \beta D_{KL}(\pi_\theta || \pi_{ref}) \right]
\]

ここで、\( A_i = (r_i – \mu_G)/\sigma_G \) はグループ内相対アドバンテージを表し、\( \mu_G \)と\( \sigma_G \)はグループ報酬の平均と標準偏差である[1][4]。クリップメカニズム(\( \epsilon=0.2 \)が典型的)は急激な方策変化を防ぎ、KLダイバージェンス項(\( \beta=0.1-0.5 \))は参照モデルからの乖離を抑制する[3][6]

2. GRPOアルゴリズムの革新性

2.1 グループサンプリング戦略

GRPOの核心となるグループサンプリングでは、各プロンプト\( q \)に対して現在の方策\( \pi_{\theta_{old}} \)から\( G \)個の出力を並列生成する[4][6]。DeepSeekMathの実装では、数学問題解決タスクにおいて\( G=8 \)が最適と報告されており、このサンプリング数が探索と活用のバランスに決定的な影響を与える[3][8]。サンプリング戦略の革新点は、異なる温度パラメータ(\( \tau=0.7-1.2 \))を適用することで出力の多様性を確保しつつ、計算効率を維持する点にある。

2.2 動的ベースライン調整

従来のPPOがグローバルなベースライン値を用いるのに対し、GRPOはグループ毎に動的に計算されるローカルベースラインを採用する[1][4]。このアプローチにより、タスク固有の報酬分布の偏りに頑健な最適化が可能となる。具体例として、数学問題解決タスクでは正解出力の報酬を1、不正解を0とする二値報酬が用いられるが、グループ内に正解が存在しない場合でも標準化されたアドバンテージ計算が可能となる[3][6]

2.3 メモリ効率化技術

GRPOのメモリ効率は主に以下の3点で実現される:

  1. **価値関数モデルの排除**:約40%のメモリ削減効果[4][6]
  2. **共有エンコーダアーキテクチャ**:プロンプトエンコーディングの再利用により計算コストを最大30%削減[3][8]
  3. **勾配チェックポインティング**:サンプリング段階でのメモリ使用量を50%削減

これらの最適化により、NVIDIA A100 GPU単体で70億パラメータモデルの学習が可能となった[6]

3. 実装上の重要考慮点

3.1 ハイパーパラメータチューニング

GRPOの性能はハイパーパラメータ設定に敏感に依存する。主要パラメータと典型値は以下の通り:

パラメータ推奨範囲影響度
グループサイズ(G)4-8探索性と計算効率のトレードオフ
KL係数(β)0.1-0.5方策の保守性制御
クリップ範囲(ε)0.1-0.3更新幅の安定化
学習率1e-6-1e-5収束速度と安定性

数学推論タスクでは\( \beta=0.2 \)、\( \epsilon=0.2 \)が良好な結果をもたらすが、創造的ライティングタスクでは\( \beta=0.1 \)、\( \epsilon=0.3 \)が適するなど、タスク特性に応じた調整が必須である[3][6][8]

3.2 報酬関数設計

GRPOの成功は報酬関数の設計に大きく依存する。DeepSeekMathでは、以下の階層化報酬設計が採用された:

  1. 最終解答正解性(60%重み):数値的正解性の二値評価
  2. 推論過程整合性(30%):ステップごとの論理的一貫性
  3. 形式要件遵守(10%):LaTeX表記などの形式適合性

このような多次元報酬設計により、単なる正解率向上だけでなく推論過程の質的向上が実現されている[3][8]

4. 応用事例と性能評価

4.1 数学推論タスク

GSM8Kデータセットを用いた実験では、GRPO適用により13Bパラメータモデルの正解率が62.1%から78.4%に向上[3][8]。特に多段階推論を要する問題での改善幅が顕著で、従来のPPOベースラインを15%以上上回る結果を得た[6]

4.2 コード生成タスク

HumanEvalベンチマークでは、GRPOを適用したモデルが67.3%のpass@1スコアを達成。PPOベースライン(58.9%)を大幅に上回り、特にエッジケース処理の改善が確認された[6][8]。興味深いことに、生成コードの実行時メモリ使用量も平均12%削減されており、効率的なアルゴリズム生成能力の向上が示唆される。

4.3 対話タスクにおける適用

オープンドメイン対話タスクでは、GRPOのグループ比較メカニズムが多様な応答生成に有効であることが確認された。自動評価指標(BERTScore)で4.2%向上、人間評価では一貫性スコアが7.8点から9.1点(10点満点)に改善[6][8]。ただし、主観的評価タスクでは報酬モデルのバイアス影響が大きく、適切な報酬関数設計の重要性が再確認された。

5. 今後の研究方向性

5.1 分散学習への拡張

現在のGRPO実装はシングルGPU環境を前提としているが、大規模モデル訓練のためには分散学習対応が急務である。課題となるのは、グループサンプリングの並列化時に生じる同期オーバーヘッドの最適化で、非同期サンプリング戦略の開発が進められている[8]

5.2 マルチモーダルタスクへの応用

テキストと画像の統合生成タスクへの適用が期待される。初期実験では、Stable Diffusionベースのモデルで生成画像の忠実度が18%向上したとの報告あり[8]。ただし、マルチモーダル報酬関数の設計やグループ比較メトリックの再定義が必要となる。

5.3 理論的解析の深化

現状のGRPOの理論的保証は限定的である。今後の課題として:

  1. グループサンプリングが方策勾配推定に与えるバイアスの解析
  2. 動的ベースラインの収束性証明
  3. クリップメカニズムとの相互作用の数学的定式化

これらの理論的進展が、アルゴリズムの更なる改良につながると期待される[1][4][6]

6. 結論

Group Relative Policy Optimizationは、大規模言語モデルの強化学習におけるパラダイムシフトを引き起こしつつある。従来手法の計算効率課題を解決するとともに、複雑な推論タスクでの性能向上を実証した[6]。今後の発展としては、分散学習環境への適応、マルチモーダルタスクへの展開、理論的基盤の強化が重要な研究課題となる。実装面では、自動化ハイパーパラメータチューニングや適応的グループサイズ決定機構の開発が実用性向上に寄与すると期待される[10]。GRPOの進化は、言語モデルの更なる高度化と実世界応用の拡大に不可欠な技術基盤を提供するであろう。


参考文献

  • [1] ArXiv. “Group Relative Policy Optimization for LLM Reinforcement Learning”.
  • [2] DeepLearning.AI. “Reinforcement Fine-Tuning LLMs with GRPO”.
  • [3] Hugging Face. “Fine-tuning with Reinforcement Learning”.
  • [4] Qiita. “LLMのRLHF手法(GRPO)をDeepDiveしてみた”.
  • [5] AWS Community. “Deep Dive into Group Relative Policy Optimization (GRPO)”.
  • [6] AI Engineering Academy. “GRPO: Group Relative Policy Optimization”.
  • [7] Oxen.ai. “Why GRPO is Important and How It Works”.
  • [8] YouTube. “GRPO: Group Relative Policy Optimization for LLM Reinforcement Learning”.
  • [9] Hugging Face Blog. “GRPO”.
  • [10] YouTube. “Reinforcement Learning for LLMs with GRPO: A Deep Dive”.